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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(行ツ)90号 判決 1973年11月16日

旧名称 東京都品川税務事務所長

上告人

東京都品川都税事務所長

島崎茂

右指定代理人

坂井利夫

外一名

被上告人

東京産業信用金庫

右代表者

石井傳一郎

右訴訟代理人

池田清英

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人坂井利夫、同友澤秀孝の上告理由について。

論旨は、要するに、昭和三六年法律第七四号による改正前の地方税法(以下、とくに断らないがぎり、地方税法という場合は、改正前のそれを指す。)のもとにおいても、譲渡担保による不動産の取得は、同法七三条の二第一項にいう「不動産の取得」にあたり、したがつて、右規定に基づき当該不動産の取得者に対し不動産取得税を課することが許されるにもかかわらず、右のような不動産の取得は、右規定にいう「不動産の取得」にあたらず、同法七三条の七第三号の類推適用により非課税とすべきであるとした原判決は、地方税法の解釈適用を誤つたものであるというのである。

不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産の移転の事実自体に着目して課せられるものであつて、不動産の取得者がその不動産を使用・収益・処分することにより得られるであろう利益に着目して課せられるものではないことに照らすと、地方税法七三条の二第一項にいう「不動産の取得」とは、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かには関係なく、所有権移転の形式による不動産の取得のすべての場合を含むものと解するのが相当であり、譲渡担保についても、それが所有権移転の形式による以上、担保権者が右不動産に対する権利を行使するにつき実質的に制約をうけるとしても、それは不動産の取得にあたるものと解すべきである。このことは、地方税法が七三条の二第一項において、原則的に、一切の不動産の取得に対する課税を規定したうえで、とくに七三条の三以下において、例外的に非課税とすべき場合を規定しながら、譲渡担保による不動産の取得については非課税規定を設けていなかつたこと、および前記地方税法の改正規定においては、譲渡担保による不動産の取得も七三条の二第一項により課税の対象となることを前提としたうえで、とくに七三条の二七の二において納税義務を免除しあるいは徴収の猶予をする場合を定めていることとも符合する。

原審が当事者間に争いのない事実として確定したところによれば、被上告人は譲渡担保として本件不動産の所有権の移転をうけたというのであるから、被上告人の右不動産の取得は、地方税法七三条の二第一項にいう「不動産の取得」にあたるものといわなければならない。そして、地方税法七三条の七第三号は信託財産を移す場合における不動産の取得についてだけ非課税とすべき旨を定めたものであり、租税法の規定はみだりに拡張適用すべきものではないから、譲渡担保による不動産の取得についてはこれを類推適用すべきものではない。そうすると、被上告人の本件不動産の取得に対し不動産取得税を課することは許されないとした原判決およびこれと同趣旨の第一審判決は、地方税法七三条の二第一項、七三条の七第三号の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を、第一審判決は取消を免れない。

ところで、本件の事実関係については当事者間に争いがなく、本件課税処分につき被上告人が違法として争つていた唯一の点については、前記説示に照らし違法といえないことは明らかであるから、被上告人の本訴請求は、理由がなく、棄却されるべきものである。

よつて行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎 吉田豊)

上告人指定代理人坂井利夫、同友澤秀孝の上告理由

原判決には、以下に述べるような判決に影響を及ぼすこと明らかな地方税法の解釈適用を誤つた法令の違反がある。

第一、不動産取得税の課税対象である不動産の取得は、その取得の目的、理由のいかんを問わず、私法上、不動産所有権を取得するすべての場合を含むと解すべきであり、従つて、本件譲渡担保のための不動産の取得も右の不動産の取得に含まれることも当然である。

従つて、本件譲渡担保のための不動産の取得に対して、昭和三六年四月三〇日法律第七四号による改正前の地方税法(以下「旧地方税法」という。)第七三条の二第一項の規定に基づき、不動産取得税を課税するのは適法と解すべきである。

これに対して、原判決は、以下に述べるように旧地方税法の解釈適用を誤り、本件譲渡担保のための不動産の取得は不動産取得税の課税対象である不動産の取得にあたらず、同法上これに対して不動産取得税を課税するのは違法であるとしているものである。

第二、原判決が、不動産取得税における不動産の取得を、不動産所有権の全機能が全面的恒久的に移転する完全実質的な取得であるとしているのは、旧地方税法第七三条の二第一項の解釈を誤つている。

一、原判決は、旧地方税法第七三条の二第一項に規定する「不動産の取得」とは、不動産所有権のあらゆる機能が全面的恒久的に移転する意味での完全実質的な所有権の取得を意味するものと解するのが相当であると判示している(判決書八丁表九行目ないし裏二行目)。

一方、譲渡担保のための譲渡担保権者による不動産の取得は、譲渡担保権者が権利の行使につき、債権担保という経済上の目的の範囲を越えてはならないという債権的拘束を受け、その取得した所有権の権能はそのために必要な範囲に限定されたものであるから、前記の意味の不動産の取得と趣を異にすると判示し(判決書九丁表七行目ないし一一行目)、従つて、旧地方税法においては、譲渡担保のための不動産の取得について、不動産取得税を課税する根拠がなく、これに対して不動産取得税を賦課するのは違法であるとする。

二、しかし、原判決の右の解釈は、以下に述べる理由により誤つており、不動産取得税における不動産の取得とは、取得の目的理由のいかんを問わず、私法上、不動産所有権を取得するすべての場合をいい、従つて、本件譲渡担保のための不動産の取得も含まれると解すべきである。

(一) 原判決の不動産取得税における不動産の取得の概念は、その前提となる私法上の不動産の取得の概念からみても誤つている。

すなわち、旧地方税法においては、不動産取得税の課税対象である不動産の取得の意味について、原判決も判示するように、特別の規定がおかれていない。このように、税法が用いている用語の概念について特別の解釈規定をおいていない場合は、別に解すべき合理的な理由がない限り、私法上の概念と同様に解すべきことも原判決の判示するとおりである(判決書八丁表五行ないし九行目。なお、最高裁判決、昭和三五年一〇月七日、民集一四巻一二号二、四二〇頁、同、昭和三六年一〇月二七日、民集一五巻九号二三五七頁)。

ところが、原判決は、不動産取得税における不動産の取得の概念の前提となる私法上の不動産の取得の意味を誤解し、これを、前述のように完全実質的、恒久的な取得であると判示している。

原判決が、右のように解した根拠はかならずしも明白ではないが、不動産取得税についても、所得税、収益税の場合と同様に、実質課税の原則が適用されることを前提とし、譲渡担保における債権担保の目的を重視するあまり、不動産の取得の概念と取得の目的を混同して解釈しようとしたためであつて、誤つているというべきである。

一般に、私法上、不動産の取得とは、その取得の目的、理由のいかんを問わず、不動産所有権を取得するあらゆる場合をいうと解するのが相当である。このように解すればこそ、実質上債権担保の目的のために行なわれる、原判決の判示するところのいわゆる全面的恒久的完全実質的な取得ではないところの買戻特約付または再売買の予約付の売買に基づき、不動産を取得する場合についても、債権担保の目的を問題とせず、何人も不動産の取得と称するのである。また、所有権の内容が制限された、全面的完全実質的な取得ではないところの、賃借権、地上権、抵当権等の目的となつている不動産および差押の目的となつている不動産の取得についても、何人も、私法上、不動産の取得と称して疑わないのである。

従つて、私法上の不動産の取得の意味を右に述べたように、その取得の目的、理由のいかんを問わず、不動産所有権を取得するすべての場合をいうと解すべき以上、この概念と同様に解すべき不動産取得税における不動産の取得の概念も上告人主張のように解するのが正しいということになるのである。

仮に、私法上の不動産の取得の概念を原判決のように解すると右に例示した不動産の取得は、私法上、不動産の取得ではないという結論に到達せざるを得ないのであつて、このような結論は、到底支持され得るものではなく、原判決の不動産取得概念は誤つているといわざるを得ない。

(二) 原判決の不動産取得の概念は、旧地方税法の規定の体裁からみても誤つている。

旧地方税法は、第七三条の二第一項において、不動産の取得を課税対象とする旨規定し、一方、第七三条の三ないし七において、それぞれに規定する不動産の取得を個々に非課税とする旨規定している。

右の規定の体裁は、とりもなおさず、第七三条の二第一項において、前述のように、あらゆる不動産の取得を一率形式的に課税対象としたことの反面として、これによつて発生する不都合をを防止するため、右非課税規定によりそれぞれの不動産の取得を非課税とし、もつて、個々的にその救済をはかつているものとみるのがすなおである。

従つて、不動産取得の概念を上告人主張のように、形式的一率に解することこそ、右規定の体裁に合致した正しい解釈ということができ、原判決の不動産取得概念は、この点からみても誤つている。

(三) 原判決の不動産取得概念は、不動産取得税の流通税的性格からみても誤つている。

(1) 原判決は、不動産取得税の性質について深く検討することなく、この税についても、所得税、収益税の場合と同様に、実質課税の原則を形式的に適用して、不動産の取得概念も実質的に解すべしとする前述の結論を導いている(判決書一六丁裏九行目ないし一七丁表五行目)。

(2) しかし、税法上の概念または用語の正しい解釈は、税の性質を無視してはあり得ず、また、実質課税の原則の適用について考慮する場合においても、税の性質を無視することはできない。原判決は、この点を誤つている。

(3) すなわち、不動産取得税は、流通税の一種であり(田中二郎著、租税法・四五九頁)、不動産の流通移転の事実を課税客体とする税なのである。

そうすると、不動産取得の概念を上告人主張のように、その取得の目的、理由を問わず、形式的に不動産所有権を取得するあらゆる場合を含むと解することこそ、右不動産取得税の流通税的性質に合致するものである。

従つて、原判決が、不動産取得税の流通税的性質を無視して、不動産取得の概念を決定したのは誤つている。

(4) また、不動産取得税が流通税であるということは、不動産を取得する者は一般にほかにも経済的負担能力を有しているのであろうという推定のうえに立つて担税力をは握して課税するということであつて、この場合の担税力は観念的なものである。一方、所得税、収益税の場合の担税力は、所得、及益の取得による現実的裏付けをもつたものなのである。

従つて、所得税、収益税の場合においては、所得、収益の実質的取得者と形式的取得者が異なる場合に、実質的取得者に課税すべきことを内容とする実質課税の原則がもつともよく妥当するのである(所得税法第一二条、法人税法第一一条)。

しかし、流通税である不動産取得税は、この税の右のような性質からして、現実的な担税力の増加をとくに問題としないで、不動産の流通移転の事実に対して課税する一種の名目的課税を行なうという性質をもつた租税である。従つて、この税に対して、所得税、収益税の場合と同様に実質課税の原則が適用されると考えるのは誤りである。

従つて、不動産取得税について、実質課税の原則が、所得税、収益税の場合と同様に適用されることを前提として、同原則から不動産取得の概念を実質的に解すべしとする原判決の結論は誤つている。

三、以上によつて、不動産取得の概念は、上告人主張のように。形式的にその取得の目的、理由のいかんを問わず、すべての不動産の取得をいうものと解すべきことが明らかとなつたが、さらに、本件譲渡担保のための不動産の取得が上告人主張のような不動産の取得の概念に含まれることについて、以下に述べる。

原判決の確定したところによれば、本件譲渡担保は、譲渡担保権者が譲渡担保設定者から目的不動産の所有権を、いわゆる内部的、外部的のいずれの関係においても完全に取得する型のものである。

また、一般に、譲渡担保権者が目的不動産を第三者に譲渡すれば、第三者は完全にその所有権を取得するし、譲渡担保権者が破産したときは、譲渡担保設定者は目的不動産の取戻権を有しないが、(破産法第八八条)、一方、譲渡担保設定者が破産したときは、譲渡担保権者は取戻権を有する(同法第八九条)。

さらに、譲渡担保権者の債権者は、その一般財産と同様に、目的不動産に対して強制執行することができ、これに対して、譲渡担保設定者は第三者異議の訴を提起し得ない。逆に、譲渡担保設定者の債権者が目的不動産に対して強制執行をした場合は、譲渡担保権者はこれに対して第三者異議の訴を提起し得る。

以上のことを総合すれば、譲渡担保のための譲渡担保権者による不動産の取得が、不動産所有権の取得にあたることが明らかであり、また、不動産取得税における不動産の取得にあたることも明らかである。

第三、原判決が、譲渡担保のための不動産の取得について、旧地方税法上、課税の根拠がないとするのは、同法第七三条の二第一項の解釈を誤つている。

一、原判決は、不動産の取得の概念を前記のように解することを前提としたうえで、この取得の概念とは異なる譲渡担保のための不動産の取得については、旧地方税法上、その課税の根拠がなかつた旨判示する(判決書一一丁表二行目ないし裏一〇行目)。

二、しかし、原判決の右結論は、以下に述べる理由により誤つており、譲渡担保のための不動産の取得について、同法第七三条の二第一項が課税の根拠となると解すべきである。

(一) 旧地方税法の体裁は、譲渡担保のための不動産の取得について課税することを前提としたものであり、これを看過した原判決は誤つている。

すなわち、前述のように、同法第七三条の二第一項は、原則的に、不動産の取得に対して不動産取得税を課税する旨規定し同法第七三条の三ないし七は、それぞれの不動産の取得について、個々に例外として非課税とする旨規定している。このような規定の体裁をすなおにみるならば、旧地方税法上、右非課法規定に該当する不動産の取得以外の取得については、原則規定の第七三条の二第一項によつて課税されるものと考えるのが、正しい解釈といわざるを得ない。

原判決は、右解釈は形式的に過ぎるとして排斥している(判決書七丁裏三行目ないし四行目)。

しかし、租税法規の解釈は、まず実定法規に従つて解釈するのが正しく、これをすることなくして、いたずらに、拡張、類推解釈を行なう原判決の解釈は、租税法律主義の精神に反し、正しくないものというべきである。

(二) 譲渡担保に関する不動産の取得についての地方税法の改正規定の体裁も、旧地方税法上、譲渡担保のための取得に対して、課税することを前提としたものであり、これを看過した原判決は誤つている。

(1) すなわち、昭和三六年四月三〇日法律第七四号による改正後の地方税法(以下「新地方税法」という。)は、第七三条の二七の二第一項および第二項、において、譲渡担保のための不動産の取得に関して、原判決判示のような規定を新設したが(判決書一二丁表二行目ないし裏六行目)、右規定は、「納税義務を免除する。」(第一項)、「不動産取得税を徴収猶予する。」(第二項)と規定しているのであつて、この規定は、課税することを前提としたうえで課税された不動産取得税を一定の場合に免除し、または徴収猶予することとしたのである。

右の改正規定は、旧地方税法上、譲渡担保のための不動産の取得が課税対象とされていたが、信託契約による不動産の取得がすでに非課税となつていたこと(同法第七三条の七第一項第三号)などとの均衡を考慮して、課税の緩和をはかる意味で、一定の条件のもとに納税義務を免除または徴収猶予することとしたものとみるのがもつともすなおな解釈である。

(2) これに対して、原判決は、譲渡担保のための不動産の取得は、新地方税法第七三条の二七の二の規定の新設によつて、はじめて不動産取得税の課税対象となり、それ以前は全く課税対象外であつたと判示している(判決書一五丁裏七行目ないし一六丁五行目)。

しかし、原判決のこの点の右結論は、以下述べる理由により誤つている。

ア 原判決によると、新地方税法上、譲渡担保のための不動産の取得に対する不動産取得税についての右免除規定は存在するが、免除の前提となるべき課税根拠規定が存在しないということになり立法の常識に反することになり、原判決は誤つている。

すなわち、免除とは、学問上、法令によつて定められた作為、給付、受忍(本件では不動産取得税支払義務)を特定の場合に解除する行為をいう。従つて、免除の前提として、免除の対象となるべき不動産取得税の支払義務が予め発生していることが、免除の性質上必要であり、従つて、また、右不動産取得税債務の発生根拠規定も同時に存在する必要があることも免除の性質上当然である。

ところが、原判決は、従来、譲渡担保の不動産の取得は非課税であつたが、右新地方税法の改正規定によつて、あらたに、課税対象となつたとしているが、旧地方税法を改正する右改正法律には、譲渡担保のための不動産の取得に対してあらたに課税する旨の課税根拠規定が存在しない。原判決の結論は、課税の根拠規定が存在しないまま、免除規定のみが存在することになつたという立法の通常の形式に反した結論といわざるを得ないのである。

右のような不都合な結果は、上告人が主張するように、譲渡担保のための不動産の取得について、従来から旧地方税法第七三条の二第一項が課税根拠規定であり、これに対して、新地方税法第七三条の二七の二第一項が免除規定として新設されたものと解することによつてのみ避けられるのである。

従つて、原判決の立法の常識に反した解釈は誤つている。

イ 原判決によると、右地方税法の改正によつて、譲渡担保のための不動産の取得に対して、突然不動産取得税の課税強化が行なわれたことになると考えるほかないが、そのような課税の強化を行なわなければならなかつた合理的な理由が存在しなかつたから、原判決は誤つている。

原判決は、右地方税法の改正の当時課税の強化を行なわなければならなかつた合理的な理由については、なんの判示をしていない。

むしろ、譲渡担保は、地方税法制定の以前から存在していた担保の形式であり、また、それを利用した脱税が右地方税法改正の当時急に深刻な問題としてとりあげられたということもなく、従つて、右改正当時課税の強化を行なわなければならなかつた理由はなかつたとみるのが正しいと考えるべきである。そして、逆に、前述のように、従来課税されていたものを信託による不動産の取得の場合との均衡を考慮して、納税義務を免除することとして、課税の緩和をはかり、ただ、全面的に課税の対象外とすると脱税の手段として利用されるおそれがあるから、短期間に目的不動産が返還された場合に限り、免除することとしたと考えるのが自然である。

第四、原判決が、譲渡担保のための不動産の取得について、旧地方税法第七三条の七第三号の規定を類推適用しているのは、同条の解釈適用を誤つている。

一、原判決は、譲渡担保のための不動産の取得については、旧地方税法第七三条の七第三号の規定を類推適用して非課税とするのが妥当であると判示する(判決書一四丁表六行目ないし一〇行目)。

二、しかし、原判決の右の解釈は、以下に述べる理由により誤つている。

(一) 信託による不動産の取得と、譲渡担保のための不動産の取得とは異なるから、類推解釈は誤つている。

信託法にいう不動産の信託にあつては、受託者は信託の利益を享受することを禁ぜられ(同法第九条)、信託財産は受託者死亡の場合にその相続財産に帰属せず(同法第一五条)、信託財産に対して受託者の債権者は強制執行することはできず(同法第一六条)、受託者の信託義務違反の信託財産の処分に対して、受益者に取消権が認められ(同法第三一条)、公示について特別の公示が要求されている(同法第三条、不動産登記法第一〇八条ないし第一一〇条の一二)。

一方、譲渡担保の場合にあつては、目的財産は譲渡担保権者に帰属し、目的財産によつて譲渡担保権者は自己の債権を保全し、その財産権の利益を享受するし、また、前述のように譲渡担保権者の債権者は目的財産に対して強制執行することができ、譲渡担保設定者は、担保権者の義務違反の処分に対して取消権を有せず、公示について信託の場合のような特別の公示を要求されていない。

以上のように、不動産の狭義の信託による取得と譲渡担保のための取得は、異なつているのである。

だからこそ、旧地方税法第七三条の七第三号は、信託法の信託による不動産の取得を、不動産取得税の課税対象から除外して非課税としているのである。

従つて、原判決が譲渡担保のための不動産の取得について、右信託の場合の非課税の規定である同法第七三条の七第三号を類推適用して、非課税としたのは、誤つている(同旨、大阪地判、昭和三六年九月六日、行政裁判例集一二巻九号一七九四頁)。

(二) 祖税法律主義の原則からみても、類推適用は誤つている。

租税法律主義は、納税義務者、課税要件、その帰属、課税標準、税率等を法律で定めていなければならないという原則であることは、原判決の判示するとおりである(判決書九丁裏一一行目ないし一〇丁表三行目)。

そして、右主張の内容として、租税を徴収するにあたつて、法律の規定するところ以上に徴収してはならないことを含むことは勿論のことであるが、租税収入確保の原則の要請から法律の規定するところ以下の徴収をしてはならないということ(法律の規定するところまでは徴収すべしということ)も含むのである(租税法研究会編、租税法総論、田中二郎氏ほかの座談会における忠佐市氏発言、三二頁)。この意味で、租税法規の解釈にあたつては、法律の規定以上に徴収してはならないという方向においては勿論のこと、法律の規定以下の徴収をしてはならないという方向においても厳格に解釈されなければならないものである。

そうすると、原判決が、譲渡担保のための不動産の取得について、信託による取得の場合の非課税の規定である旧地方税法第七三条の七第三号の規定をみだりに類推適用するのは誤つているといわなければならず、これはある意味では裁判所によるあらたな非課税規定の立法にあたるというべく、解釈の範囲を越えており許されないものである。

第五、原判決の結論は、税務行政の秩序を乱し、祖税公平の原則に反するから誤つている。

一、譲渡担保のための不動産の取得が税務行政庁によつて長い間不動産取得税の課税対象とされてきたことは、上告人が原審において主張してきたところである。

ところで、行政においては、先例を尊重し、同様の事項について先例があれば、これに従う傾向がある。そして、行政庁における取扱いが長い間にわたつてくり返され、それが行政庁の側だけでなく、一般国民の間にも法的意識を生ぜしめ、一般の法的確信を得て法にまで高められた場合には、この先例法は、慣習法の一種としての行政先例法となるのである(田中二郎著、租税法九五頁)。

そして、譲渡担保のための不動産の取得が不動産取得税の課税対象となることについては、昭和三二年九月五日付自丁府発第一五五号自治庁税務局府県税課長回答によつても通達されていることは、原判決の判示するところである(判決書一三丁裏四行目ないし六行目)。そして、長年にわたり、税務行政庁によつて、右通達の趣旨に沿つた取り扱いがなされ、相手方納税者の側においても、その取扱いが異議なく諒承され、これが正しい法の解釈として法的確信までに高められてきたのであつて、ここに本件譲渡担保のための不動産の取得に対する不動産取得に対する不動産取得税の課税について、右の意味の行政先例法が成立しているのである。

従つて、仮りに、この先例法の内容が法律の趣旨に沿わないような解釈、取扱いであつたとしても、右意味の行政先例法が生じた限りにおいては、法律そのものがこれによつて実質的に改正されたとみるべきであつて、もし右の行政先例法を改める必要があるならば、税務行政の秩序の維持、法的安定性の確保の見地から、法律の改正によつてこれを行なうべきものであつて、(田中二郎著・前掲書九五頁、九六頁)、裁判所の判決によつて改正の目的を達成せんとする原判決の結論は、行政先例法に基づいて現在まで行なつてきた譲渡担保のための不動産の取得に対する不動産取得税課税処分を、すべて無効とさせ、いたずらに税務行政の秩序を乱し、法的安定性を害するから誤つている。

二、原判決の結論によると、課税の機会を失し、また、脱税が行なわれ、かえつて公平の原則に反するから、原判決は誤つている。

(一) 原判決は、譲渡担保のための不動産の取得のときに課税できず、被担保債権の不履行によつて譲渡担保権者が目的不動産の所有権を取得したときに課税すべきものとしている。

(二) しかし、右の結論に従うと、以下に述べるように、課税もれおよび合法的な脱税を生じ、かえつて公平の原則に反する。

(1) 被担保債権の弁済期が到来したのに弁済がないため譲渡担保権者に原判決のいう目的不動産の所有権の完全な移転が生じているのにかかわらず、譲渡担保の登記が抹消されないため、右の所有権移転の認定が困難であるため、課税の機会を失する不都合が生ずる。

原判決は、この点について、適正かつ合理的な通達等によつて右不都合を防止し得るから、この批難は正当でないとする第一審判決理由を引用している(判決書一四丁表一〇行目ないし裏七行目)。

しかし、大量に発生する不動産の取得について限られた少数の担当職員によつて不動産取得税賦課事務を行なつている現状においては、原判決のいう目的不動産の完全な所有権移転時期をは握し課税することは著しく困難であり、原判決のこの点の判断は、不動産取得税賦課事務の実情を無視したもので正しくない。

(2) 原判決の結論によると、一般の売買による取得であつても、当事者が通謀し、譲渡担保の形式をとることにより合法的な脱税が行なわれ、かえつて租税の公平の原則に反する結果を生ずる。このような結果を生じさせる原判決は正しくない。

よつて、原判決は旧地方税法の右法条の解釈適用を誤つており、破棄されるべきこと明らかである。

以上

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